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2008/01/27

羽生マジックの正体

天才の言葉というものは、分かり難いものである。
長嶋茂雄などはその典型例といえるだろう。
プロ野球のキャンプで身振り手振りを交えて、「もっとこう、ビュッと。そう、ビュって感じで」と擬態語擬音語で熱心にコーチングしているけれど、TVで見ているこっちには何がなんだかさっぱり分からない。

どうも天才というものは、問題解決の手順を追わず、にいきなりズバッと結論が出てしまうようだ。

一般人にも多少は、そういった傾向がある。
たとえば、「3×5=は?」と質問されたとき、
3掛ける5とは小学校のときに習った知識によると、
3を5回足すことである。よって
=3+3+3+3+3
=6+3+3+3
=9+3+3
=12+3
=15
なんて面倒なことはしない。
なんども練習して体にしみこんだ知識でいきなり「さんごじゅうご」と理論や手順を経ずに答えをはじき出すわけだ。天才というものは、九九のような簡単なものだけでなく、それぞれの専門分野の技能を理屈が分からない子供の頃に無意識に体に叩き込んだ結果、時間を変えてじっくり考えなくても、理屈無しにぱっと答えが出てくるようになった人なのだろう。だから天才の言葉は一般人には分かりにくくて、解説に解説が必要だとか言われるような状態になるのだと思う。

羽生2冠の言葉も当初私には理解しずらくて、決断力などの書籍を読んだもののすぐにはピンとこなかった。
ただ、いろいろ調べているうちに結構理解できたような気分になったので、忘れないうちにブログに書いておく。

実験によると、将棋の局面を初心者、中級者、上級者、プロに見せ、その局面を覚えてもらうとき大体以下のような感じになるらしい。

●超初心者の認識
  「隅っこ香車があって、その横に桂馬があって、歩があそこに並んでいて…」
  =>個々の駒をバラバラに認識
●級位者の認識
  「先手後手とも矢倉囲いだな、後手はまだ矢倉の中に王様が入っていなくて、攻撃側の銀が…」
  =>一部を固まりとして認識、その他はバラバラに認識。
●上級者の認識
  「森下システムの序盤戦の定跡形に似てるな、でも端歩が特徴的だな。」
  =>ほぼ全体を塊として認識。
●プロクラスの認識
  「A名人vsB八段の第○回名人戦の第2局目の出だしだな。あの時は1局目も矢倉戦で……」
  =>全体を塊とした上に、時間的前後関係も含めて認識。


つまり、上達するにつれ、認識する事象の塊が大きくなる。しかも、認識する塊は空間レベルではなく、時間レベルにも広がっていくそうである。プロ棋士の局面認識はアマチュアレベルのそれとは、文字通り、「次元が違う」のだ。

ただ、認識が時間レベルに広がっているのは何も羽生2冠だけではなく、プロ棋士ならば大抵そのような認識をしている。というよりも、認知科学者に言わせれば、これは、経験量よるものであり、人間誰でも(多分動物も)、経験を積むにしたがって、日常的な事柄を時間的広がりも含めたひとつの塊として認識するようになるらしい。

弱肉強食の世界を生き抜くためには、その方が都合が良いため、脳がそのような作りに進化したのだろう。けれど、ゲームに関しては、流れを交えた認識が必ずしもプラスに作用するとは限らない。麻雀のオカルト論などその典型だ。

羽生2冠がすごいのは、認識の塊の広さそのものにあるのではなく、自分の局面評価の思考が時間的広がりにも影響されていることを客観的に認識していること。必要とあれば、時間的広がりをあえて狭めて局面を評価することができることにある。実際、羽生2冠は、講演で流れを意識した読みをしていること、不利な局面に立ったら一度考えをリセットすることを述べている。
さらにもっとすごいのは(羽生2冠自身の口から語られたことはないと思うが)相手の認識の塊の時間的広がりをも、コントロールすることで、相手を常識のワナにハメ、逆転への流れの変化を気づかせないようにしていることにある。

素人でも不利とわかる形勢からプロでも思いつかない手でゲームの流れを一気に変える大逆転の妙手「羽生マジック」はこうして生まれる。

昨年秋に放映されたNHK杯2回戦の羽生2冠vs中川七段。NHK杯の現役最多優勝回数を誇る解説の加藤九段が思わず「ひゃーっ」と奇声を上げた、NHK杯史上でも稀な大逆転のシーンが動画サイトにアップされている。
場面は終盤に差し掛かったところ、王手角取りを決められた上に、王を守る陣形も崩れ、羽生2冠は形勢不利。早めに王が逃げることで辛うじて詰みを逃れているシーンから、動画は始まる。

棋士は独特のきれいな手つきで駒を扱うが、その差し方、駒の升目への置かれ方は癖が出る。ある棋士は、気持ちが守りに傾いているときは、升目の自分側の線ギリギリに駒を置き、攻めに気持ちが傾いているときは、相手側の線ギリギリに駒を置く癖がある。守備から攻撃に転じたときの歩の動きは1.5マス前進しているかのようだ。
さすがにそこまで極端な例は少ないが、多くの棋士に共通しているのが、形勢有利だと思っているときは、アクションが大きく、指もしなってビシビシ駒音が大きくなること。もうひとつは「明らかにすぐに取られてしまう駒は雑に升目に置く」こと。
麻雀やポーカーのような手札を隠すゲームではしぐさを隠すのが当たり前だが、完全情報ゲームの将棋では割としぐさや表情を露にするようだ。そのことを踏まえて、駒を扱う手つきと駒の置かれ方に注目して動画を見てみる。

駒音高くビシビシ攻めてくる中川七段。逃げまくる羽生2冠だが、解説に、「どうもここで羽生2冠としては差す手が無くなった。<中略>受けが無い。全くね。攻めも無い」といわれた直後の、2六飛車。頭をかき、自信なさげな表情、こまを持ち上げもせずに指す手つきと飛車の乱れた置かれ方が印象的だ。だがこれはトリックだった。
次に、中川七段2度目の王手角取りをかける。羽生2冠は王を逃がすが、羽生の王は詰む寸前、飛車も角も両方ともただで取られる局面。

後に2チャンネルの将棋板に将棋ソフトを使って調べた結果が載っていたが、この時点で、中川七段は羽生2冠の王を詰ます手順があった。最低でも角を取っておけば中川玉が詰まされることは無かったようだ。けれど、羽生2冠の術中にはまったのか、中川七段は飛車を取る。これが敗着手となり、羽生2冠の逆襲を受け一気に投了となった。


今後、手つきに注目してNHK杯を観戦してみよう。
羽生がすっと雑に駒を動かした瞬間。それは、羽生マジックが炸裂する合図なのかもしれない。


羽生のインタビューを人工知能と認知科学の専門家が解読している本です。お勧め。


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